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いつまで続くのかこの話題。まあ、自分メモだから。
銀座の中央通りは人・人・人・・・両サイドに人がびっしり立っていてこちらがびっくり。銀座に来るのは久しぶりということもあり、新しく立ったブランドビルに驚きつつそのまま直進、この辺りでは最初はタレントさんたちの前を走っていたのですが、あまりにもうるさいので後ろに回ることに。タレントさんへの声援は応援なんだか恫喝なんだか良く分からないものがたくさんあってなんだか少し気の毒。(カンニングの竹山さんだったからか?)日本橋過ぎるとすこしづつ建物が低くなり始めてビルが小さくなってくると下町の雰囲気に。
この辺りで私は持参のゼリー飲料(なのか?袋には清涼飲料水とある)を飲む・・・いや吸う・・・いやなめる・・・。ゼリーだと思ったら糊だったという感じがなんとも言えず、更にそれに追い討ちをかけたのがその甘さ。歯がきしむほど甘い糊を食べている感じなそれには、一応フレーバーが付いているはずなのにそれを感じなかった気が・・・。しかし、ここはスーパーボジティバー(をいをい)の本領を発揮。
「ゼリーが甘いということは私はまだ元気♪」
ということで元気に走ることに。
実はワタクシが一番きつかったのはこの浅草まで行く間。特にJR浅草橋駅を過ぎた辺りでした。『浅草』という単語が入っていたので雷門に近いのかと(勝手に)勘違いしたのに一向に提灯が(浅草寺の)見えてこない・・・。でもちょうどバナナが置いてあったのでそれを食べて元気を回復。今回はバナナ不足は完全に解消されていました。
ようやく見えてきた雷門を視界に入れていると見知った顔が・・・母達でした。
「おかーさん!」
と手を振ると手を振り替えしてくれました。彼らがいたのは陸の孤島となってしまった三角地帯。(三方がマラソンコースになってしまったのでそこに車両の出入りが出来なくなってしまった場所。地下通路で行き来は出来ます)相方は走ってきて何かいるか?という感じのことを言ってきたので、(後から聞いたら『肉まんいる?』だったそうです)
「いらない」
と答えて新たに力をもらった気分でもと来た道を再び銀座へ。今度は道が分かっているので一緒に走るSさんと距離表示を見るごとに、
「30キロですよ〜」
「よーしあと12キロ!」
「私、人生で30キロ走るの初めて〜」
ってな具合で順調に走って行き再び銀座。人の壁の間を走り抜けて今度は築地へ。ここで、
「いい笑顔だね〜そのまま頑張れ〜」
と沿道のお兄さんから声がかかります。(いや私ではなかったかもしれないですがね)
雑誌で『苦しいと思っても口角を無理やりにでもあげておけば人間は落ち込めない』という言葉を読み今回はずーと口角をあげる=笑顔でいることを心がけていたのです。だからこの声援はうれしかったです。
築地を抜けると難関といわれる佃大橋が立ちはだかります。ここでいったん自動車道になるので応援の人が途切れてしかも坂を上ることになります。しかし、ワタクシの場合川を主な練習場にしているので橋を上るのも、割となれたもの。前日に読んだ雑誌の『坂攻略法』にのっとり腕を振りつつ湾岸地域へ。たくさん立っているマンションに驚きつつ38キロ当たりにたどり着いた時、
「ごめん、足がつりそう、先に行って!」
とそれまでいっしょに走ってきたSさんが急に立ち止まってしまいました。残念でしたが遠慮無くワタクシは前進。それまで会話をしながら走っていたので寂しい気分になりましたが、ラスト4キロなので気合を入れて走ります。沿道にはまたまた人もたくさんいてそこから力をもらいつつ走っていると、ようやく昨年私が相方を待っていた場所が見えてきました。そして、目の前にはみどりのポンチョを付けた芸能人。(後から見たらアナウンサーでした)その人を抜いて沿道に知り合いの顔を捜しつつも夢中で走っているとようやく大きな『FINISH』の文字。
手を上げて駆け込んみました。
5時間42分の旅でした。
そのまま歩いてまずポンチョをかぶせられ、ビニール袋を渡され、その中に水、バナナ、みかんなどを入れてもらい、チップを回収されて引き換えにメダルをかけてもらいます。
このチップは今回あらかじめ洋服に値段のタグを付けたりするビニールの結束バンドで固定していたので(普段は靴紐に直接付ける)ペンチでパチンときるだけなので簡単でした。
そして寒いな〜とおもいつつ荷物を受け取るべく建物のほうへ。そこへ、
「すいません、ちょっといいですか」
普段の道ならキャッチセールスですがここは関係者しか入れない場所。何かと思うと飲料メーカーのホームページに乗せる完走して一言、というコメントが欲しいということでした。
「完走出来た良かった〜!」
と嘘いつわりのない感想を述べたら短すぎたようで、もう少し・・・といわれたので、
「来年はふたりではしりたいな」
と言っておきました。頭がうまく回りません。途中でエアサロンパスなるものを受け取り荷物を受け取るべく建物に入るとそこは、ビニール袋が整然と並んでいました。昨年の狂乱が嘘のようです。番号を言うと一瞬で出てきた荷物をもって別に設置されている更衣室へ。電話がつながりにくくなっていましたが、ここでようやく電話がつながり30分くらいかけて着替える旨を伝えながら移動。
部屋といっても要するにビックサイトのホールです。昨年はここが待ち合わせスペースでした。
しかし、男女別ではなく、なんだか遠くに『足湯』と書かれたスペースがあるのみ。仕方が無いので女子トイレに近い隅で着替え。後から聞いたら『足湯』というそのスペースが女子更衣室として設定されていたそうです。幸い、着替え用にムームーを持っていっていたので(母のハワイ土産ですが、サイズがあまりにも大きかったので使い道が無くしまいこんでいたもの)それをかぶってごそごそと着替え。
靴を脱いだら左足の親指の人差し指の間で出血。右足の人差し指に豆。あとは早速出てきた筋肉痛と主に下半身の痛みに耐えながらストレッチらしきものをしつつ着替え終わってお母さん達や相方と合流。
なんだか、ギクシャクと歩きながらゆりかもめで豊洲に出てそこから有楽町線で銀座に出て4人で食事をしてギクシャクと歩きながら帰宅。
帰ったら右足人差し指の豆が増えていました。
でも何とか走りきったということで満足感一杯でございました。
銀座の中央通りは人・人・人・・・両サイドに人がびっしり立っていてこちらがびっくり。銀座に来るのは久しぶりということもあり、新しく立ったブランドビルに驚きつつそのまま直進、この辺りでは最初はタレントさんたちの前を走っていたのですが、あまりにもうるさいので後ろに回ることに。タレントさんへの声援は応援なんだか恫喝なんだか良く分からないものがたくさんあってなんだか少し気の毒。(カンニングの竹山さんだったからか?)日本橋過ぎるとすこしづつ建物が低くなり始めてビルが小さくなってくると下町の雰囲気に。
この辺りで私は持参のゼリー飲料(なのか?袋には清涼飲料水とある)を飲む・・・いや吸う・・・いやなめる・・・。ゼリーだと思ったら糊だったという感じがなんとも言えず、更にそれに追い討ちをかけたのがその甘さ。歯がきしむほど甘い糊を食べている感じなそれには、一応フレーバーが付いているはずなのにそれを感じなかった気が・・・。しかし、ここはスーパーボジティバー(をいをい)の本領を発揮。
「ゼリーが甘いということは私はまだ元気♪」
ということで元気に走ることに。
実はワタクシが一番きつかったのはこの浅草まで行く間。特にJR浅草橋駅を過ぎた辺りでした。『浅草』という単語が入っていたので雷門に近いのかと(勝手に)勘違いしたのに一向に提灯が(浅草寺の)見えてこない・・・。でもちょうどバナナが置いてあったのでそれを食べて元気を回復。今回はバナナ不足は完全に解消されていました。
ようやく見えてきた雷門を視界に入れていると見知った顔が・・・母達でした。
「おかーさん!」
と手を振ると手を振り替えしてくれました。彼らがいたのは陸の孤島となってしまった三角地帯。(三方がマラソンコースになってしまったのでそこに車両の出入りが出来なくなってしまった場所。地下通路で行き来は出来ます)相方は走ってきて何かいるか?という感じのことを言ってきたので、(後から聞いたら『肉まんいる?』だったそうです)
「いらない」
と答えて新たに力をもらった気分でもと来た道を再び銀座へ。今度は道が分かっているので一緒に走るSさんと距離表示を見るごとに、
「30キロですよ〜」
「よーしあと12キロ!」
「私、人生で30キロ走るの初めて〜」
ってな具合で順調に走って行き再び銀座。人の壁の間を走り抜けて今度は築地へ。ここで、
「いい笑顔だね〜そのまま頑張れ〜」
と沿道のお兄さんから声がかかります。(いや私ではなかったかもしれないですがね)
雑誌で『苦しいと思っても口角を無理やりにでもあげておけば人間は落ち込めない』という言葉を読み今回はずーと口角をあげる=笑顔でいることを心がけていたのです。だからこの声援はうれしかったです。
築地を抜けると難関といわれる佃大橋が立ちはだかります。ここでいったん自動車道になるので応援の人が途切れてしかも坂を上ることになります。しかし、ワタクシの場合川を主な練習場にしているので橋を上るのも、割となれたもの。前日に読んだ雑誌の『坂攻略法』にのっとり腕を振りつつ湾岸地域へ。たくさん立っているマンションに驚きつつ38キロ当たりにたどり着いた時、
「ごめん、足がつりそう、先に行って!」
とそれまでいっしょに走ってきたSさんが急に立ち止まってしまいました。残念でしたが遠慮無くワタクシは前進。それまで会話をしながら走っていたので寂しい気分になりましたが、ラスト4キロなので気合を入れて走ります。沿道にはまたまた人もたくさんいてそこから力をもらいつつ走っていると、ようやく昨年私が相方を待っていた場所が見えてきました。そして、目の前にはみどりのポンチョを付けた芸能人。(後から見たらアナウンサーでした)その人を抜いて沿道に知り合いの顔を捜しつつも夢中で走っているとようやく大きな『FINISH』の文字。
手を上げて駆け込んみました。
5時間42分の旅でした。
そのまま歩いてまずポンチョをかぶせられ、ビニール袋を渡され、その中に水、バナナ、みかんなどを入れてもらい、チップを回収されて引き換えにメダルをかけてもらいます。
このチップは今回あらかじめ洋服に値段のタグを付けたりするビニールの結束バンドで固定していたので(普段は靴紐に直接付ける)ペンチでパチンときるだけなので簡単でした。
そして寒いな〜とおもいつつ荷物を受け取るべく建物のほうへ。そこへ、
「すいません、ちょっといいですか」
普段の道ならキャッチセールスですがここは関係者しか入れない場所。何かと思うと飲料メーカーのホームページに乗せる完走して一言、というコメントが欲しいということでした。
「完走出来た良かった〜!」
と嘘いつわりのない感想を述べたら短すぎたようで、もう少し・・・といわれたので、
「来年はふたりではしりたいな」
と言っておきました。頭がうまく回りません。途中でエアサロンパスなるものを受け取り荷物を受け取るべく建物に入るとそこは、ビニール袋が整然と並んでいました。昨年の狂乱が嘘のようです。番号を言うと一瞬で出てきた荷物をもって別に設置されている更衣室へ。電話がつながりにくくなっていましたが、ここでようやく電話がつながり30分くらいかけて着替える旨を伝えながら移動。
部屋といっても要するにビックサイトのホールです。昨年はここが待ち合わせスペースでした。
しかし、男女別ではなく、なんだか遠くに『足湯』と書かれたスペースがあるのみ。仕方が無いので女子トイレに近い隅で着替え。後から聞いたら『足湯』というそのスペースが女子更衣室として設定されていたそうです。幸い、着替え用にムームーを持っていっていたので(母のハワイ土産ですが、サイズがあまりにも大きかったので使い道が無くしまいこんでいたもの)それをかぶってごそごそと着替え。
靴を脱いだら左足の親指の人差し指の間で出血。右足の人差し指に豆。あとは早速出てきた筋肉痛と主に下半身の痛みに耐えながらストレッチらしきものをしつつ着替え終わってお母さん達や相方と合流。
なんだか、ギクシャクと歩きながらゆりかもめで豊洲に出てそこから有楽町線で銀座に出て4人で食事をしてギクシャクと歩きながら帰宅。
帰ったら右足人差し指の豆が増えていました。
でも何とか走りきったということで満足感一杯でございました。
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